2012年5月30日水曜日

中国から米国に戻り始めた製造業

2012年 5月 23日  16:26 JST ウォール・ストリート・ジャーナル



【グリーンビル(米オハイオ州)】1980年代、アラバマ州にあるオーバーン大学の学生だったビル・グッド氏は、のちにアジアからの安い輸入品に押されて廃業を余儀なくされたある米国製フィットネス器具を生産する会社で働いていた。
グッド氏はその後、ジョージア州コロンバスに拠点を置くグリル装置メーカー、チャーブロイルに勤務し、製造拠点を米国から中国に移すという2004年の決断にも関与した。同氏は当時の心境を「非常につらかった」と振り返る。他にもあまたの企業が似たような決断を下し、米国の製造業は1997年から2010年にかけて雇用者数を約600万人、割合にして35%ほど減少させた。
昨年9月、グッド氏はついに流失した雇用のごく一部を取り戻すことができた。グリーンビルにある米家電大手ワールプールの工場で工場長をしている同氏は、同社のキッチンエイド・ハンドミキサーの国内生産を復活させた。そのハンドミキサーは過去6年間、中国の広東省恵州にある下請け業者が製造していた。
ワールプールがその製品の組み立てをグリーンビル工場に戻すと決めたとき、「ハイタッチして喜ぶ従業員がたくさんいた」とグッド氏は話す。
ワールプールのおかげで米国の雇用は25人ほど純増した。
そのハンドミキサーの組み立てラインは、過去2年間に加速したトレンド、米製造業の「リショアリング(一度海外に移した製造拠点を国内に戻すこと)」の有望性と限界をよく示している。米製造業は過去数十年にわたって中国のような低コストの生産国に移転されてきた。ところが今と10年前とでは事情が異なっている。もはや「アジアで生産する方が安いに決まっている」とは言えなくなってきているのだ。ワールプールは他の小さな家電製品についても国内生産に戻すことを検討している。
ならばワールプールや他の多くの企業のリショアリングが雇用を大量に創出しているかというと、そうでもない。そのハンドミキサーのモーターを含む部品のほとんどは今も中国で製造されている。そうした部品を十分な低コストで製造できる米国の下請け会社が見つからなかったのだ。しかし、そのミキサーのプラスチック部品は米国で製造されている。もっとも、その形成機の一部は新たに中国から購入されたものだ。
今年2月、オバマ大統領はミルウォーキーにある錠前メーカー大手マスター・ロックの工場を訪れ、アジアから米国に約100人の雇用を取り戻した同社を称賛した。米オーチス・エレベーターも製造拠点のいくつかをメキシコからサウスカロライナ州に戻し、360人ほどの雇用創出が見込まれている。米重機大手キャタピラー、複合企業ゼネラル・エレクトリック、自動車大手フォード・モーターなどもリショアリングで数千人の雇用を創出してきた。
それと同時に、米国の製造業の雇用にも緩やかだが回復の兆しが見えている。1998年から2010年にかけて35%も減少した製造業の雇用は、その後4.3%(48万9000人)増加し、1190万人になった。この増加の大半はリショアリングではなく、景気回復によるものである。それでも経済シンクタンク、IHSグローバル・インサイトは、今年の全体的な雇用の成長率が1.6%であるのに対し、製造業の雇用は3.2%伸びると予測している。
バージニア州アーリントンに拠点を置く米調査会社マニュファクチャラーズ・アライアンス/MAPIのダニエル・メックストロース氏は「米国は競争力を増している」と指摘する。
製造業のリショアリングを促進する非営利団体リショアリング・イニシアチブの創立者、ハリー・モーザー氏は、製造業やそれに関連した補助的な仕事に関して、過去2年間に少なくとも2万5000人の雇用が外国から米国に戻ってきたと推定している。これは膨大な失業者数と比べるとかなり小さな数字だが、多くの企業が外国で生産するコストを再計算していけば、今後かなり大きくなる可能性もある、というのがモーザー氏の見解である。
専門家によると、製造業者は税金、規制、為替、政府の助成など多くの変動する要因に基づいてリショアリングを決定するが、ほとんどの靴や衣類のように米国に製造拠点を戻すことが今後も理にかなわないかもしれない製品もあるという。
サプライチェーンの専門家でもある米マサチューセッツ工科大学のデービッド・スミチレビ教授が今年の1月と2月に105社を対象に行った調査では、39%の企業が生産拠点を米国に戻すことを検討していると回答した。
近年、アジアの賃金が急騰し、米国と中国の給与差が縮まったことで、米国での生産が有利になった企業もある。過去10年間のドルの下落も米国産商品の競争力を高めた。さらには原油価格の高騰で輸送費が増加し、国内生産のメリットはますます大きくなっている。
とはいえ、中国やその他のアジア諸国は多くの製品で高い競争力を維持している。中国でのスマートフォンの生産のように、専門知識と下請け会社のネットワークがひとたび確立されてしまうと、生産拠点は移転しにくくなる。米国にはエンジニアリング、コンピューター制御された機械の操作など、製造業に欠かせないいくつかの分野で熟練工が足りないという問題もある。また米国の法人税はほとんどの先進国の水準よりも高い。
MAPIのメックストーロス氏は「製造業が大挙して米国に戻ってくるようになるというわけではない」と指摘する。米国企業はむしろ、国内、あるいは海外で生産することの損得をより慎重に評価し、バランスを取るようになってきているのだ。
グローバルな企業は今も、アジアという急成長市場の需要を満たすために、現地で生産能力を拡大している。しかし、それよりも多くの企業が北米の需要をアジアの工場で満たそうとすることに疑問を抱いているとスミチレビ教授は言う。つまり、企業はアジアの顧客向け製品はアジアの工場で、北米の顧客向け製品は北米の工場で製造するという現地生産方式に移行しつつあるのだ。
米コンサルティング会社ハケット・グループのサプライチェーンの専門家、コート・ジャコビー氏は、リショアリングされる可能性が高い製品として重機のように重くてかさばり、価格との関連で輸送コストが高くつくものを挙げた。その他の候補としては、特定の色やスタイルに関して顧客の需要が頻繁に変わり得る高級な衣類、家具・インテリア、ワールプールのハンドミキサーのような家電などが挙げられるという。また同氏は、食品やベビー用品など、安全性が最優先される商品のメーカーも、材料や部品の納入業者を漏れなく監視できるように国内生産を選ぶかもしれないと述べた。
ハンドミキサーの組み立てを米国に戻すというワールプールの決定は複雑な計算に基づいていたが、そうした計算はリショアリングを検討している企業それぞれで異なっている。たとえば、輸送・在庫コストの削減分で、米国の労働者に支払う高い賃金を相殺する、といった計算だ。既存の国内工場の組み立てラインをさらにオートメーション化するという手もある。
しかし、こうした要因がすべての企業に当てはまるわけではない。ワールプールのライバル企業でオハイオ州クリーブランドに本拠を置くナッコ・インダストリーズは「ハミルトン・ビーチ」ブランドの家電の製造をすべて中国の下請け業者に任せているが、生産拠点を米国に戻す計画は全くないという。同社の最高経営責任者(CEO)、アルフレッド・ランキン氏は、そうした製品のために国内工場を新たにオープンするのは経済面で理にかなっていないと話した。
ナッコ・インダストリーズとは対照的に、ワールプールはミキサー工場を閉鎖していなかった。グリーンビル工場の主力製品、キッチンエイドのスタンドミキサーは小売価格が230ドル以上という高級品で、価格競争になりにくいということもあり、生産拠点が海外に移ることはなかった。ワールプールには小売価格が39ドルの小さなハンドミキサーのために工場を新設する必要がなかった。同社は既存の工場で、既存の納入業者を使ってその商品を製造することができたのである。
グッド氏が2010年にグリーンビル工場の工場長に就任したときの優先項目の1つに、リショアリングをすることで同工場の製品ラインナップが拡充できるかを見極める、というものがあった。同氏はスタッフと共に、さまざまな角度からハンドミキサーのコストを計算し始めた。
現地の賃金が急騰しているにもかかわらず、人件費では依然として中国がかなり有利だった。ワールプールのグリーンビル工場の組み立てラインで働く従業員の基本的な時給は12.40~16.50ドルでこれに福利厚生が付く。それに対して、中国東部の大きな製造拠点での時給は多くても3.40~3.50ドルだという。中国の賃金はグリーンビルの水準の約4分の1でしかないが、実質的な差はもっと小さい。同社のリショアリングに関する調査に協力した米ボストン・コンサルティング・グループのジャスティン・ローズ氏の推定によれば、オートメーションの多用とより効率的な製造工程もあり、ワールプールにおける米国の製造業労働者の1時間当たりの生産性は、中国の製造業労働者の約3倍にもなるという。
2010年の終わり、グッド氏はミシガン州ベントンハーバーにあるワールプール本社に行き、小型家電の責任者であるデービッド・エリオット氏に試算の結果を説明した。エリオット氏は当時、米国でハンドミキサーを製造して「本当に採算が取れるのだろうか」と訝しく思ったという。
説明を聞いたエリオット氏は、工場に戻ってさらなるコスト削減策を見出すことをグッド氏に命じた。グリーンビルに戻ったグッド氏はスタッフと協議し、商品テストの一部をオートメーション化したり、配線の設置を単純化するなどして各生産ラインの人数を8人から6人に減らすことにした。グッド氏のスタッフはプラスチックの納入業者である米コア・システムズとも協議を重ねた。オハイオ州ペインズビルに拠点を置くコア・システムズは、ワールプールの従業員の作業負担を減らす目的で、ミキサーのプラスチックカバーに注意書きのラベルを張ることを申し出た。
2011年の初め、エリオット氏が修正された計画を承認したことで、同年9月にグリーンビル工場でハンドミキサーの組み立て作業が再開されることになった。
新たな生産ラインでは、6人の従業員が横一列に並んで立っている。製品が緑色のベルトコンベアの上を移動する。各自には毎回同じ順序でこなす作業工程がある。6人のチームは30秒に1台のペースでミキサーを組み立て、テストしていく。ワールプールによると、1人の従業員の1時間当たりの生産性は、この製造が2005年に中国に移転される以前と比べて24%ほど上がったという。
この生産ラインを設計したワールプールのエンジニア、トッド・マギー氏は「すべての従業員が同じスピードで作業する必要がある。一瞬でもまごつくと後れを取ってしまう」と言う。従業員が飲み物にすぐに手を伸ばせるように、生産ラインにはカップホルダーも設置してある。
その組み立て作業員の1人、ブレンダ・ウォールズ氏はワールプールに勤めて15年になる。ジーンズに緑色のTシャツを着た同氏は、「もう戻ってこないと思った」とハンドミキサーの製造が中国に移転したときのことを振り返った。
作業スピードが上がったのには、すべての必要な部品や道具が作業員から半径60センチメートル以内に配置されるようになったということもある。「すべてに決まった置き場所があり、それが変わることはない」とマギー氏は強調する。工場の床に張られたあるステッカーはゴミ箱の正確な位置を示していた。
ワールプールのCEO、ジェフ・フェティグ氏は、ハンドミキサーを国内生産することで、同社の柔軟性が増したと話す。小売店が違う色やデザインの商品を急に欲しがったとき、ワールプールは今やそれを1~2週間で出荷できる。かつての中国の工場は商品の変更に対応し、出荷するまでに1カ月以上もかかっていた。フェティグ氏は「われわれは市場のあらゆる変化にこれぐらい迅速に対応できる」と言って指を鳴らした。
ハンドミキサーの国内生産は、プラスチック成形会社コア・システムズのような納入業者にとっても朗報となった。コア・システムズの社長、ビル・ローバッカ氏は、ワールプールからの新規受注のおかげで正社員を約10人増やすことができ、総社員数は約300人になったと話す。コア・システムズはリショアリングした他の企業からも新規受注を獲得している。
コア・システムズは、作業員が同時に複数の機械を操作できるように訓練したり、組み立て中の製品があまり移動しなくて済むように工場の作業ラインを再編することでコストを削減してきた。かつては手作業だったが、今はロボットがバリ取りを行っている。
ローバッカ氏によると、原料費(主にプラスチック)が製造コストに占める割合は62~78%もあり、人件費は8~12%にすぎないという。人件費の割合が少ない効率的な米国の製造会社になら「中国を打ち負かす」方策も見出せるはずだと同氏は主張する。
その通りかもしれないが、コア・システムズの受注高が増えて最近、新しいプラスチック形成機を購入せざるを得なくなったローバッカ氏が最善の価格と最速の納入で選んだのは、皮肉にも中国の機械メーカー、海天国際だった。

0 件のコメント:

コメントを投稿